1950年代半ば、戦争の悲劇を体験した子どもたちが、イスラエルに戻ってきました。
ジュネーヴ大学のピアジェの下で認知発達の研究をしていた若きルーベン•フォイヤーシュタインは、この子供たちの教育のためにイスラエルに招かれました。目の前には問題行動を起こす子ども、知的障害を持つと判定された子どもたちが群がっていました。標準知能テストの結果は、確かに遅滞児と判定されてしかるべきものでした。しかし、子どもたちの眼には、「遅滞児」というレッテルに疑問を抱かせる「光」がありました。
「知能は静的で一生変化しないもの」という考えに、フォイヤーシュタインは疑問を抱きました。「どんな知能テストであっても、文化の要素を持たないテストはない」ーー悲惨な戦争で両親・家庭・文化を奪われたことが、何か影響しているのではないか? そう考えたフォイヤーシュタインは、子どもたちに思考プロセスを教えました。戦争がなければ、得ることができただろう経験を与えたのです。そして再度標準知能テストを行ったところ、指数が大きくばらつきました。媒介者の働きかけによって、認知構造が「変容」することを証明した最初の体験でした。
フォイヤーシュタインは、この働きかけを「媒介」mediationと呼び、認知構造の発達には人の働きかけが必須であるという理論を立てます。それが「媒介学習体験理論」Mediated Learning Experienceです。
「大人と子ども、教師と生徒との関わり合いはすべて媒介ではないか」という疑問が生まれますが、フォイヤーシュタインは、「認知体系に影響を与え、より高い水準の変容をもたらす性質をもつもの」と、「媒介」を定義しています。
熱いものに触ろうとする子供に「だめ、あぶない!」と阻止するだけの働きかけは「媒介」の性質をもちません。なぜだめなのかを明確にし、同じような状況に直面したときに子供が危険を予測できるような働きかけが「媒介」なのです。